霧が深い。
なだらかな山とはいえ、先が見えない状況でかえでは心細さを覚えていた。
成政は怪我をしている。
何とかして山を出たいのだが、利家ともはぐれてしまっていたし、自分の位置がまるでわからない。
何とか早く、と言う気だけが自分の前を走っている気がする。
後ろでざくっという音がした。
かえではあわてて悩みがちの目を成政に合わせた。
肩を抑えひざを突いている。
傷を、抑えていた。
「成政さん?!」
あわてて駆け寄る。
しかしそれに反応するでもなく、成政は息苦しそうにしている。
「……いけませんね……どうも、傷が……」
「大丈夫ですか??」
「……あの鎌……これ……は…………」
「成政さん!!?」
成政が倒れる。
あわててかえでが抱き起こすと、成政はうっすらと目を開き、こちらを見ていた。
「かえでさん……すみませんね……少し、休ませていただけませんか?」
「あ、あの……」
「あなたは先に山を下りて……あとで私も……」
そういう成政の額には汗が光る。
間違いない、熱をだしている。
いくらあの佐々成政とはいえ、熱を出した状況で放っておくなんてできない。
そもそも晴れない霧の中、かえでだけで歩いても山を降りる事ができるかも怪しい。
「ちょっと待っててください。すぐ戻ってきますから」
かえではそういって成政を木の幹にもたれさせ、獣道を少し駆けた。
道に沿ってきたのだ。戻れるはず。
かえではそうして、成政の姿が見えないことも確認してから、頭で言葉を探した。
この山には、利家と一緒に来た。
ならば利家と合流するのが一番だ。
声をだせば敵に見つかる。
そういった利家の言葉。
逆手に取れば今はぐれてしまった利家に気づいてもらえる。
術によってできた霧がはれない間は、また新手の敵がきかねない。
でも成政がそばにいなければ、成政が襲われることはない。
……もちろんそんな事成政が知ったら怒るに違いない。
でも今熱をだしている彼に頼るわけには行かない。
危険な賭けをかえでは、口にした。
「利家くーん!!」
視界の曇りに声が消える。
すぐに足音がした。
が、複数の足音。
不吉な予感がする。
がざっ!
予感的中。
黒い衣に身を包んだ、あの忍が五人、かえでを取り囲む。
はずれくじだ……と瞬時に思ったが、そんな悠長な暇はない。
はずれという事は、死を覚悟しなければいけないこと。
それを証明するかのように、忍びの手にはくないが握られている。
「ちょおっとまったぁぁぁぁ!!!」
一人の忍が背後からぶっ飛ばされる。
ぶおんという音がして、その忍を飛ばした何かが空を切る。
「こいつをやる前に、オレの相手を願おうか!」
「利家くん!!」
利家はそういいながら腰の刀を一本とり、かえでに投げ出した。
「話は後だ!オレたちのほうが不利だ。自分で戦ってみろ!」
「わかった!」
利家の刀を取り、かえでは構えた。
本当の乱闘は初めてだ。
ちょっと自信がない。
でもそんなこといっていられるような、暇はない。
「てやああああっっ!!」
利家が襲いかかる。
大きな槍を振り回しているのだがさすが手馴れているというか、たとえ刃に敵がかからなくともその柄のほうで相手を叩きのめしていたり、やり場に隙がない。
大きな槍がくないを明らかに圧倒している。
見とれている場合でもない。
かえでには又別の忍が襲い掛かってきている。
利家には三人がかり、かえでに一人というあたり、軽視されているのが見え見えだが、それがかえって助かる。
かえではその一人の忍とやりあう事になった。
「くっ!」
ものすごい力でかえでを押してくる。
押し返したい。
いくらか乱闘モノのゲームには手をつけたことがあるが自分で乱闘するなんて思ってもなかった。
押し返すなんてことがいかに難しいか。
相手は本物の忍。
少し習ったぐらいのかえでとは動きが違う。
攻撃をする暇もなく、ただ防戦のみになってしまう。
「おい、」
利家が声をかける。
かえでが戦っていた忍が顔を上げる。
にんまりと笑って利家が続けた。
「もうやめとけ。お前以外みんなオレ、叩きのめしたぜ?」
「……」
二三歩引き下がり、忍が辺りを見回す。
肩で息をしている利家の周りには、幹に打ち付けられたり地面に突っ伏している忍が見て取れた。
そして観念したか、忍はばっときりの中に消えていった。
「敵でも、斬り殺す必要はない。そうだろ?」
ほれ刀をよこせと、利家が言う。
かえでが刀を渡すと利家は又笑っていった。
「ま、お前が何時間戦おうが、あの忍相手じゃ、お前が負けるしかなかったしな」
「何よ……」
「本当の事を言ったまでよ……それからなぁお前、散々言っただろうが。声出すなって」
オレが間に合ったからよかったものの、と利家が続けているのも聞かずにかえでは利家の腕を引っ張った。
「成政さんが……!!」
「いたのか?!」
利家も引きずられるがまま、かえでのあとを追った。
炎がじりともえる。
利家は自らの館に成政を運び込み、医師を呼んだ。
かえでが成政の下へ利家を連れてきたとき、成政の意識はなく、利家が彼を負ぶって山を降りた。
「まさか、毒が塗られてたなんてな……佐々」
傷を受けてから動いたため、ここしばらくはわからないという。
発熱もしていて、苦しそうな成政の顔が、とてもいたたまれない。
成政は刀を抜けた。
なのにぬかなかった。
私がいたから?
私がいたから、刀を抜けなかった……?
私の気持ちはわかったといってくれたけど、成政さんは……
「かえで……大丈夫だ!佐々はきっと大丈夫だ。こいつはたらしだけど、根性はあるから」
「でも……」
利家がかえでを明るく励ます。
つらいのは利家のほうなのに、とかえでは思った。
でも、成政を思うとそんな利家を励ますほどの余裕がなくなる。
「バカ……信じてやれよ。佐々を」
お前のために、とは利家はいはなかった。
かえでを励ます顔が、どこかやり切れなさそうで、利家も無理に励ましているのがわかる。
「……っ……」
「!?佐々?」
不意に成政が首を動かす。
うなされているようだ。
利家がずり落ちた手ぬぐいに今一度水を含ませ、乗せてやる。
「……り……」
成政の唇がかすかに動く。
かえでも思わずその耳を澄ました。
「……小百合……」
その言葉に、利家の手が止まる。
苦しそうに眠る友を見つめ、利家がぼそりとつぶやいた。
「……お前……まだ引きずっているのか……」