―――という事なので……
―――ば、ばか……そんなことしたら……
―――しかし御屋形様はお聞き入れにならない。このままでは……
―――佐々、お前……
―――事後の事、よろしくお願いしますね。
それから、誰にも話さないでください。相手を刺激しては、かえでさんが……―――
「――っっ!!!」
がばっとかえでは飛び起きた。
汗でぐっしょりと寝間が濡れている。
今のは……夢?
でもリアルすぎて、まるで現実のようだった。
話していたのは成政さんと……利家くん?
昼間のことを思い出して、夢に見てしまったのだろうか。
それにしてもなんだろう。
この気持ちの悪さ。
悪夢を見た後のような、胸の鼓動。
はっきりとさめてしまった、目。
「かえで!かえではおるか!」
どたどたという音と信長の声がする。
まもなく信長がふすまを開けて入ってきた。
怖い。
そう思った。
いつもの信長じゃない。
そう感じた。
眉間にしわがよっている。
形相がまるで鬼……何かに腹を立てているのは明らかだ。
「おるなら返事をせい!」
「ご、ごめんなさい!」
やはりただことではない。
一体どうしたというのだろう。
「お前、昼に成政に会うたそうじゃな」
成政さん、不意に今の夢が鮮明に頭によみがえる。
あわただしい周りの雰囲気に、戸惑いながらもクビをたてに振った。
「成政はどこにおる」
「え?」
「あのな?佐々殿が見当たらないんだよ」
秀吉が付け足す。
成政さんが行方不明??
かえではあわてて昼のことを話した。
「だから、最後は利家くんと一緒に……」
「お犬、か」
信長はそれだけいうと、すぐに踵を返し、部屋を出て行った。
信長の、今までに見たことのないような形相。
成政の失踪。
へなへなと力なく座った傍らに、秀吉が来て身をかがめる。
「大丈夫か?……又左、変なことにならなきゃいいけどな」
「変なこと?」
まだ緊張に固まる身体をむりやりふるいおこして、かえでは秀吉に聞いた。
すると秀吉は低く小さな声で、悩みこむように口を開いた。
「又左、あいつはなんていうか、義理堅いというか、その、まっすぐすぎて……御屋形様のご不興をかわなきゃってな……
本当に又左がこの失踪にかかわってて、佐々殿に最後にあったっていうなら、あいつはきっと佐々殿と何らかの約束をしてる。
その約束、おいらは大体察しがつくんだが」
「……誰にも、言わないって事?」
かえでが夢で見たことをそれとなく口にだすと、秀吉は驚いた様子でかえでを見た。
「お前なかなかの策士だな」
どうも同じ「約束」を秀吉も思い描いていたらしい。
「その約束、もししてたら絶対御屋形様であろうが又左は口を割らない。なんで佐々殿がいなくなったのか知っていても、約束したから……。
そんな理由、今の御屋形様に通じるわけない」
「私、利家君のところに行ってくる!」
「待て!いってどうする」
立ち上がったかえでを秀吉が制する。
しかしその制止を振り切って、秀吉を部屋の外へと追い出した。
「とにかく、こんなときに寝てられないもの。着替えるからでてって」
着替えるといえば秀吉はおとなしく出て行く。
かえでが思ったとおりだった。
状況が状況だから、動きやすい制服に着替えた。
そしてそっと秀吉が待っているふすまとは反対のほう、庭のほうのふすまを静かにあけた。
秀吉は切れ者だ。
それは天下人だからとかそんな事ぬきにしても、同じ館に暮らせばわかる。
その秀吉を、かえでは説き伏せられないと思った。
だからこうして……そう、そっと出て行くことにした。
秀吉の館と利家の館はとなりだ。
だから秀吉が気づいても、そのころはもう利家の館についている。
かえでは周りに気をつけながら、利家の館の門をくぐった。