その直後、のんきな店員がそばを運んできた。
暖かいおそばが湯気を立てている。
伸びないように口を付けながら、光秀は何かといたそうに見えるかえでに話した。
「……こちらの店は二つずつ席を用意しているので……」
席を埋めるためにかえでを呼んだ、という事らしい。
「で、でも光秀さん、私ここのおそば好きだったんですけど」
「?何か不都合でもございますか?」
気づいていない!!
かえでが次からこの店にきづらくなったと、光秀は気づいていないようだ。
「もぅ〜……私一人じゃ、このお店これないじゃないですか!」
痺れを切らして光秀に言う。
そばを食べようとした箸を止めて、光秀がきょとんとした顔でかえでを見つめた。
「きっとあの人たち、私が光秀さんの……」
言いかけてはっとする。
光秀さんの恋人??
悪くはないけど、でもどうしよう……
「私の……?」
「と、とにかく、誤解されちゃってるんですよ、私!!」
「……」
黙るなぁぁぁぁ!!!
心のそこでかえでは叫んだ。
「よくはわかりませぬが、貴女にとって何かよろしくないというのはわかりました」
あれ、何か誤解されてる??
光秀はやはりわかっていないようだ。
「申し訳ございません」
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて……」
今度は勝手に片をつけようとする光秀。
どうも波長が合わない。
かえでは仕方なく話題を振りなおした。
「光秀さんもここのおそば好きなんですか?」
「はい」
「……じゃあ、光秀さんがここでおそば食べるときは、私も連れて行ってください。じゃなきゃ許しませんからね」
「……!?許しません??」
「私もここのおそば好きなんです。でもきづらくなっちゃったのは光秀さんの責任でしょ?だから、責任とってください」
「……はぁ、かしこまりました」
ひょっとすると、思ったより光秀はこういった恋愛沙汰に疎いのかもしれない……かえではちょっと思った。
「成政、お前の言うことは重々よくわかった。だがならぬものはならぬ」
日はもう翳っている。
信長とこんなに長時間、じっくりと話し合うなんて事は普通には考えづらい。
さっさと信長のほうが話題に飽きて出て行ってしまうのがいつものところだ。
だが、今日は違った。
成政の意見をじっくりと吟味して、そうして自分の意見もぶつけてきた。
普段とは明らかに違った。
成政は確かにその様子に信長のただならぬ執着を感じた。
確かにそれは慕いあうようなものではない。
信長が何か先の事へに対する不安を抱いているのが感じ取れた。
それを回避できるのがかえでさんなのか……わからないが、信長は何かをかえでが握っていると感じているようだ。
「私も御屋形様のおっしゃることはよくわかりましたが、譲るわけにもいかないのです」
私が譲れば。
かえでさんは命を落としてしまうかもしれない。
堂々巡りにいえば、きっと信長は怒り出す。
だが、怒りはしない代わりに、信長は成政にこういいつけた。
「ならば成政。お前はかえでに近づくな。さすればすむであろう。お前の言う惨事も、お前には降りかからん」
「しかし」
「む……さてはお前のほうこそ慕うておるか?」
「そんなことっっ!!」
声を立てて信長が笑う。
動揺しかけた自分を抑えて、成政は必死に自分に違うと言い聞かせた。
私はただ……
ただ血を流したくないだけ――
このまま放っておけばまた繰り返されてしまうのではないかと……