「ただいま〜」
その後一服して、成政とひとしきり話をして館に帰ってくると、もう日は落ちかかっていた。
成政のきづかいがうれしい。
急に寂しさを感じたかえでだったが、何とか持ち直した。
そしてなんだか一歩前に出たような気がした。
きてしまったのだから、帰る道はある。
でもやっぱり今は帰ることより、ここで暮らすことを考えよう。
むしろ帰り方がわからないし、もう、あの世界のことは記憶の中だけにしておいたほうがいいのかもしれない。
何よりも大きかったのは、成政が一つ一つゆっくり考えてくれるおかげで、かえでのほうも整理できた。
混乱していた頭の中がすっきりした感があるのだ。
まだわからないけど……かえでと成政はひとつの見解に行き着いた。
かえではこの時代の人たちに、先のことを話してはいけないらしい、ということだ。
信長を前に本能寺の変を語ろうとしたとき、それ以外にも試みたのにうまく話せないということ。
何かがとめようとしているらしいということにまで気づいた。
成政は話の中でそれを見出し、
「それじゃ、私は聞かないようにしますね」
といってくれた。
何かと一番理解していてくれているのかもしれない。
「……」
「秀吉?」
むすっと黙って座っている。
いつも陽気な秀吉らしくない。
「……おう」
「どうしたの?」
「……別に」
明らかに機嫌が悪い。
というか、どこかすねている子供のように見える、といったら悪いだろうか。
話題を変えたほうがいいのかもしれない。
「今日ね、成政さんにあったの」
「知ってる」
え?とかえでは聞き返した。
なぜ秀吉が知っているんだろうか。
聞き出すまもなく秀吉が言う。
「おいら見たから。寺に入るの」
「え……?そ、そう……」
これ以上どう答えようというのだろうか。
妙な返事しかできなかった。
「おまえ、佐々殿のこと、好きなのか?」
突然聞き出す秀吉に思わず聞き返す。
すると彼はもう一度言った後、こんなことを付け足した。
「おいらあいつあんまり好きじゃないんだよ」
「ああ、でも私」
「あんまり近づかないほうがいいぞ?あいつ、いろんなおなごに声かけてるし」
な……そんな人なの?
そう思ったが、すぐになんだかいらいらしてきた。
まるで告げ口されているような、そんな気分。
それも一日お世話になった人の悪口を言われるとなると、あまりいい気はしない。
「どうしてそんなこというの?」
あ、という表情の秀吉。
明らかに「しまった」という顔だ。
「あ?……ああ、いや、そのな……」
「そんなの秀吉らしくないじゃん」
何か気になることでもあったんだろうか。
かえでは気になったが、明らかに参った顔の彼に問い詰めるのもかわいそうだし、とにかく黙った。
すると秀吉は漸く口を開いて、理由を言った。
「……最近お前、いろいろ買ってるじゃん。なんか……この屋敷出るのかなってさ」
「出ないよ?」
「出ないのか?」
「うん。だっていく当てないもん」
「な、なぁ〜んだ!おいら、てっきり出て行かれるのかと思ってさ。そしたら寂しくなるし……言い方悪かったけど、佐々殿はいろいろうわさの絶えないお方だからさ」
「大丈夫だよ。でも、成政さんってそんなに……その……華やかな人なの?ちょっと意外だなぁ」
「まぁ、男同士で話す分にはいろいろ尊敬するぞ?だってすごいまじめで、武士の鑑みたいな人間だし……でもな、ひとたびおなごの話になると、なんか違うんだよなー」
「うらやましいの?」
「なっ!!」
急に赤くなる秀吉。
図星らしい。
思わず笑ってしまった。
「な、ひでぇや……」
「ごめんごめん。でも、うらやましいんじゃないかなって」
「んまぁ……ちょっと、な」
やっぱりサルだ。
照れたりするとかわいいと思う。