「……落ち着きましたか?」
「はい……ありがとうございます」
内庭に面した静かな部屋にかえでは通された。
この寺には成政は何度か足を運んでいるようで、通されるまでの間、成政とその寺の人との会話はかなり弾んでいるように見えた。
今はこうして、何をするでもなく、ただ庭を眺めて座っている。
「……又左とは、仲直りできたようですね」
「仲直り?」
「ええ、なにやら仲たがいをしていたようでしたから。又左の態度を見ればわかります」
「私と、利家くんが??」
あながち間違ってはない。
でもそんな大喧嘩だった記憶もない。
成政は静かに微笑んでいるだけで、それ以上は何も言わなかった。
その代わり、別の話題を持ち出した。
「すみません、こうしていただけるのも、ただの気休めにしかなりませんのに」
「い、いえっ!」
これ以上気をどう使ってもらおうというのか。
かえでは慌てて首をぶんぶんと横にふった。
すると成政はゆっくりとその首を横にふり、物憂げに答える。
「いいえ。もしや、と思って探していたのです。あなたが帰る方法を」
「私が……帰る方法??」
「ええ。他にもこういった例があるかもしれないでしょう?ですがどの書物にも書いてありませんでした」
成政の表情から本当にかえでのことを心配しているのがわかる。
春めき始めた空を見上げて成政は続ける。
「あなたを取り巻いていた環境は私たちとは違う。あなたは常に異なるもの。それを一番感じているのはあなたではありませんか?
そしてそれに苦しみ、もとの世界へ返ろうとお思いになってはいませんか?」
こんな常識はずれな、時を越えてしまったということを熱心に考えてくれているのは多分、自分以外に成政しかいないだろうとかえでは思った。
かえでが今まで思ってきたことをずばりすべて言い当てたのはすごい。
だが、かえではいま、少し違うところまできていた。
というよりむしろ、たった今、成政との会話でようやく導けたような、ようやくわかったようなことがあった。
「成政さん、大丈夫です」
「かえでさん?」
「私、確かにできることなら帰りたい。でも最近感じちゃうんです。ひょっとしたら、帰れないんじゃないかって」
「私はそうは思いません。理論的に言えば、来ることができたら帰ることだってできるはずです」
成政はただあてずっぽうの意見を言っているわけではない。
一応よく考えてくれている。
それはわかっているものの、かえではどうしてもその成政の意見には同意できそうになかった。
「でも、いいんです。確かに寂しいけど……私、この世界でも生きていけるように、そのために信長様にだっていろいろ許可もらったんだし」
それに、私結構順応できるんですよ、とかえでは付け足した。
成政はあっけにとられたようにかえでを見つめている。
「驚きました……あなたを励ますつもりでここへ連れてきたのに。でもかえでさん、もしも本当に返りたくなったら、私を頼ってくださいね。微力ながらお手伝いしますから」
「うん、ありがとう」
「よかった……笑ってくださったほうが、あなたは綺麗ですから」
え??
かえでは耳を疑った。
さらりと今、とんでもないことを成政が口走ったような気がして、真っ赤になる。
そんなかえでを、成政はやさしく見つめた。
「……そうですね、少しお茶でももらいましょうか。せっかくだからお話しましょう。ちょっと待っててくださいね」
「はい」
すくっと成政が立ち上がる。
じっと見てしまった。
礼儀正しい、というか作法が綺麗というか……成政の所作はやはり武士なんだな、と感じ入ってしまう。
それもあれくれ者ではない、立派な。
その視線に気づき、成政が聞き返す。
「何か?」
「いえ!なんでもないです」
では、と成政は席をはずし、襖をぴたりと閉めた。
かえでさん……あなたは本当に帰るべきだ。
この時代にいては、生き残れない。
あなたの考え、態度、すべてにおいて、この時代には合わない。
又左も御屋形様も甘すぎる。
未来を知る人間がいることで、織田家は余計に狙われる。
それは私たち家臣にも百害あって一利なしだ。
意地でも帰さなければ……かえでさんを、未来に。