「騒ぐな」
口から手がはずされる。
その手がかえでの腕を後ろでに奪う。
逃げられない。
「前田利家はどこにいる?」
怖い。
言いたくても恐怖で声にならない。
低い声にただ震えていた。
「あ、あの……剣、はずしてください……」
通じるわけがない。
彼がどう見ても敵意を持っているのはわかる。
ところが男は素直に剣をしまい、後ろでに自由を奪ったかえでの腕を自由にした。
振り向いてみる。
忍だ。
剣だと思っていたのは……大きな鎖鎌だった。
「言え」
テレビや時代劇で見たことはある。
でも本業忍は初めてだ。
それも、脅されている。
恐怖にあとずさる。
だんっ!!
天井から人が降ってきた。
二人だ。
背後に……囲まれている。
顔を隠しているので誰が誰だかわからない。
皆同じ服装で、皆同じ位の年齢なのだろう。
そして皆同じように鎖鎌を持っている。
かえでに自由を与えたのは、すでに囲んでしまっていたから。
これでは与えられた自由も、もはや自由ではない。
「やだ……」
「……」
最初の忍がなにやらサインを送る。
するといっせいに忍たちがかえでにとってかかる。
また腕をつかまれた。
「逆らうなら、殺すまで」
鎖鎌があがる。
殺されるっっ!!
「かえでーっっ!」
がたんと戸が外れる音がする。
いっせいに視線が音のしたほうへ集まる。
利家だ。
「……お前らいったい何なんだよ。オレに何のようだ」
本物の槍を持っている。
妙に息も荒い。
水を汲んでくる、といって出て行ったのに、汲んできた水はない。
「遅い帰りだな」
「お前の仲間に邪魔されたんだよ」
「……ならばさっさと屋敷に戻ればどうだ」
「まだ雑巾がけ終わってねぇ」
な……私を助けに戻ってきてくれた……わけではないのね。
ちょっとかえではがっかりした。
がっかりしたが、やはり利家ならしかたない、と納得しようとした。
「それにその様子じゃ、どうせ館にも忍び込んでるんだろうが」
「抜かりなく主の影として働くのが忍びだ」
「とにかく……」
槍を構えなおす。
切っ先はこちらへ向けられた。
「かえでを離せ。オレに用ならそいつには関係ない」
「よかろう」
「きゃっ!」
取り押さえていた忍がかえでを壁へたたきつけた。
自由にはなれたが、壁へひどく体を打ちつけた。
「もっと丁重に扱えよ……相手は女だろうが」
「前田利家……我が主が命により、お命頂戴する」
三人いっせいに利家に襲い掛かる。
「そう簡単に頂戴させてたまるか!!」
利家が払う。
できた隙間から、三人の囲みの外へ出た。
出てすぐ体の向きを変えて一人の忍に突きを食らわせる。
「くっ!」
掠めた。
その伸びきった槍と腕に、鎖が巻きついた。
「なっ!」
ぐるぐると巻きつけられていく。
身動きが……取れなくなる。
どうなるんだろう。
かえでの頭の中にある知識では、確か彼は病死だ。
でも、今の状況ではどう見ても勝算がない。
このままでは、あの鎖鎌の餌食になる。
「くそぅ……」
もがくが当然軋むばかりで外れない。
鎖鎌が構えられた。
――てめぇ何もんだっっ!
その槍の持ち主が叫んだ。
槍だ。
槍がこちらを向いている。
槍といったら刃物である。
刃物といえば怪我をする。
――怪我どころではない。
死ぬかもしれない。
そんなことをしたけど、利家はただの一回もかえでを傷つけようとしたことはなかった。
今のさっきだって、利家が来なければかえでが殺されていた。
――みんな刀持ってるし
……いつ殺されるかわからないし……
――そりゃ持つだろ。もってなきゃどうやって身を守るんだよ
そう、ここはいつ死んでもおかしくない、戦国の世。
私は今ここにいる。
だからここは過去じゃない。
だから、先のことはきっとわからない。
――今、利家が死んでしまうかもしれない。
今、ここで殺されてしまうかもしれない。
私はそれを見るの??
黙って、殺されるのを……
――嫌だ。
死んでほしくない!!
かえではまだ残っていた稽古用の槍を手に、思いっきり鎖鎌を振り上げた忍へ殴りかかった。