次の日、ようやく準備ができて秀吉の館を出ると、目の前に利家が立っていた。
突然のことで、秀吉に任せようと思ったのだが、その秀吉も面食らった顔をしている。
おおよそ予想外のことだったのだろう。
「御屋形様にあいにいくんだろ?さっさといこうぜ」
利家はもう行く気満々でいる。
たまらずかえでは聞いてみた。
「今日はどうしたの?」
「今日はって……お前がいくって言うから――」
「そうじゃなくて」
はぐらかそうとする利家を無理に止めてかえでが問い詰めると、利家は仕方なさそうに口を開いた。
「佐々がよ……"羽柴殿一人では心もとない"とか何とか言ってな。佐々自身は今日もとより仕事が入っている日だし、俺が変わりにきたってわけ」
「ちぇ〜……佐々殿はおいらのこと、信用してねぇんだ」
秀吉がいじける。
秀吉がどう思おうと、かえではやはり成政から見て秀吉は気に食わない人物なんだろうなと想像した。
佐々成政は最期の最期まで反秀吉でいた武将の一人だ。
詳しいことはよく知らないが、とにかく何かとイメージとして"仲良くない"イメージが強い。
もちろんこれは今かえでがいる時代からすれば先の話だが、こういう話を聞いているとどうしてもそういう話が頭をよぎる。
逆に仲がいいイメージで言うなら前田利家と秀吉だ。
長屋が同じだったとか、いろいろ言われているけど今のかえでにはどうもこっけいだ。
どこのどんなえらい学者さんがどういおうと、本人がここにいるのだから直接聞いてしまえば手っ取り早い。
でもサル、又左と呼び合うのだからきっと仲がいいんだろう。
「まぁそう悪く言うな。オレも暇だったしよ。……なんて殿の前で言ったらぶっ殺されるな」
利家のフォローがきいているのかいないのか。
そんなことはさておき、と秀吉はかえでを本丸のほうへと案内する。
いくつもの角を曲がると、ようやくその本丸の大きな石垣が姿をあらわした。
確かかえでが見覚えのある大手門は道がまっすぐだったのだが、今かえでが上ってきた道はまっすぐではなかった。
かえでの記憶間違い、というわけではない。
ある程度歴史が好きなかえでだったからそのまっすぐな大手門に違和感を覚えていたのだ。
まっすぐな道なんて、敵にどうぞ攻めてくださいと言うようなものだ。
だから普通城の中は曲がりくねった道だらけになる。
だとすれば。
かえでが生まれた平成の世の安土城の復元された大手門は間違いだったことになる。
そんなことを考えながらきょろきょろと見回していると、利家がぷっと吹き出した。
「お前どこの田舎もんだよ」
「へ?」
「んなきょろきょろすんなってこと。あほらしいぞお前」
……否定できない。
「でも……お城初めてだし、復元された大手門とか違ってたし……」
「復元?」
「うん。もっとも、建物は何一つ残ってないし、作られてないけど……」
「なんだ、諸行無常ってやつか?時代遅れだぞ」
利家が言い返す。
そのつもりではない。
でも現に今、かえでがいる今はこの安土城は立派にそびえている。
毒々しいほどに鮮明な赤に、金を塗った瓦、その下には鮮やかな青瓦が葺かれている。
これが燃えてなくなるなんて、あの事実を見なければ納得いかないのもわかる。
「おーいっっ!!」
遠くから誰かが呼んでいる。
その声に秀吉が答えた。
見ればずんぐりむっくりとした男が走ってくる。
その走り方はどたどたしていて、とてもじゃないが速いとは思えない。
近づけば近づくほど大きくなる。
……え、ちょっと待って。
身長何センチあるの??
今歩いている三人の中で利家が一番背が高いが、その利家を悠々と越える。
まるで秀吉が子どものように見える。
何なのこの人は――とかえでは思ったところで納得した。
その顔を見ればわかる。
似ているのだ。
秀吉と似ているのだ。
秀吉がサルならさしずめこちらはゴリラか。
「お前は何やってるんだよこんなところで!!」
ゴリラ男がサル男に怒鳴る。
秀吉はにっとわらってゴリラ男に言う。
「何って、かえでを御屋方様のとこに連れて行く途中よ。
……ああ、これ、おいらの部下の蜂須賀小六ってんだ。忘れていいぞ」
「わすれんなよ」
こいつらは……売れない漫才師だろうか。
「で、猩猩はなんか用があったんじゃねぇのか?」
猩猩……利家のネーミングって一体どうなっているのだろう。
間違ってはいないが。
「そうそう、おい秀吉!お前今日仕事あんだろーが!今日は訓練の担当日だろ!」
「え?そうなのか?」
「そうって……さっき上様が言ってたぜ?」
「やば……又左、後頼むっ!」
「あ?ああ……」
利家の返事よりも秀吉はさっさと駆け出していた。
「ちょ、ちょっと!!」
思わず呼び止めようとしたが、もういない。
はぁ、とため息をついていると、小六が気まずそうにかえでに声をかけた。
「あのよ……あいつはあんなだけど……いいところもあんだ。よろしくな」
このがさつな感じのゴリラ男は意外にも主人のことを考えているらしい。
かえでは笑って返した。
「うん、大丈夫。小六さんもがんばってね」
「ああ、ほんと、かっこわりぃところみせちまってすまん」
小六はそう照れくさそうに言って去っていった。
さて、天守へと足を向けたとたん、利家が声をかけた。
「おい。なんていうか……まぁいいや。歩きながらで」
「なに?」
利家が真剣な顔になっている。
歩きながらでいいといわれても、利家の顔が気になる。
「お前、殿に試されてるな」
「え?」
「オレも天守の外までは付き合ってやるよ。中は自分で行くんだな」
「な、何で??」
かえでは思わず立ち止まって利家の顔をじっと見た。
そのかえでの顔を見て、ぷっと利家が噴出す。
「あっはははははっ!!お前必死だなぁ」
「必死だよ!だって初めてのところだし、全然私が今までいたところと生活も違うし……友達もいないし……」
ほろっと目から何かが落ちる。
利家の顔が俄かに変わった。
「あの時だって一緒に城址にきてたのに……あの一瞬で離れ離れだし……家族もいないし……」
「お、おい、泣くなよ」
「みんな刀持ってるし……いつ殺されるかわからないし……」
「そりゃ持つだろ。もってなきゃどうやって身を守るんだよ」
利家は頼れない、かえではそう思っていた。
あってからこのかた、いい印象を受けたこともない。
最初に槍を突きつけてきたのも彼だ。
「じゃあもういいっっ!!後は私一人で行くっっ!!」
かえでは一人で駆け出した。
「おいっ!」
利家の声が遠くに聞こえる。
どうせ天守の中からは一人なのだ。
だったら今から走っていっても変わりはない。
位置的には二の丸まできている。
もう一人だって行ける。