利家と町を回るのは面白い。
利家自身流行に敏感だし、甘味処に入ってもだいたい趣味は同じだし、気楽に話もできる。
ただ最近は利家自身忙しく、なかなか一緒に町に出る事はなくなっていた。

「そういえば、今日は平気なの?」

「ん、まぁな。正直、あのばんなんとかってやつ、あんなに簡単に取れるって思ってなかったから、一日休みにしちまってたんだよ」

あのばんそうこう一枚のために一日休みにしたらしい。

「大丈夫なの?」

「いいじゃん。たまにはこうして歩いてもさ。実は今遊んでるわけじゃないんだぜ?」

「え?仕事してるの?」

「ばーか。オレは成政じゃねぇよ。冗談だって言ってるんだ」

そっか……こう見えても利家くんは大名だった……かえではふと思い出した。
織田信長の家臣、といえば信長が大名でその家臣という感じがするが、現に今は信長の勢力が大きいらしく、生活もかなり裕福そうだ。
利家も派手な格好をしている。
だが本人に聞くと意外とお古だったりする。
仕立て直してきているあたりは貧乏っぽいと思ったが、どうもそれが当時の普通らしい。

「……ちょっと感心してたのに」

「っはははは。今日はお前を連れて歩いてんだ。だから、今日は仕事は休み。
 お前もあまり聞くな。こーゆーときはかっと羽を伸ばすのが一番なんだしよ」

「……うん!」

「よ〜し、いい返事だ。お、あそこの団子、うまいんだ。よってくか」

そういって利家は小さな茶屋を指差した。
観光スポットに良くあるような、小さな茶屋だ。
客席は全部屋外で、みんなでかけても八人がぎりぎりといった感じの、こじんまりとしたお店だった。

利家は団子二本を注文して、かさのさしてある下に腰掛けた。
かえでもそろって腰掛ける。
梅が、ちょうどほころんできていた。

「もうすぐ咲くね」

「そうだな……梅か」

「どうしたの?」

「え?だってほら、オレんち梅の紋だし」

そういって運ばれてきた団子を受け取り、財布を出す。
その財布には赤く梅の紋が染め付けられていた。

「なんか、親近感があってさ。昔っから」

「へぇ〜」

「お前のうちはどんな紋なんだ?」

「へ?私?ええと……」

紋?
家紋のことよね。
家紋……見たことない……

「なんだ?」

「あんまり見たことないから、記憶ないの。お葬式とか、結婚式とか、何か行事がないと家紋ってみないし」

「じゃあお前、しっかり織田家とその見方の紋だけは覚えといたほうがいいぞ。戦場に行ったら命取りだ」

へぇ、そうか……って、戦場??
思わずかえでは聞き返した。

「ああ。お前はおなごだけど……どうなるかわかんないだろ。オレに武術指南されてんだ。下手すると何かに巻き込まれるかもしれねぇ。
 大体女だって戦場へ行くんだぞ。お前は御屋形様に気に入られてるから、その可能性も高いんだよ。オレは、やだけど……」

「戦場……戦争、するんだよね?」

「もちろん。今はまだましになったが、武田、上杉、毛利は織田を狙ってる。長祖我部だってわからねぇ。伊達も今は仲良くやってるが……って大丈夫か?」

一気に深い部分をしゃべってしまったのを、利家が急に気にし始めた。

「え?」

「いや、一気にしゃべっちまったから」

「んー、なんか利家くんまじめだなーって」

「なっ……失礼するよまったく」

「あーごめんごめん」

ぽん、と最後の団子を放り込んで、利家は顔をそらした。

「お前がそんなんだから、オレはお前を戦場なんか連れて行きたくないんだよ」

「な、それどういうことよ」

「オレがいいたいのはそこじゃないだろ?なのにオレがまじめとか……そんな事どうでもいいだろ」

あ、そっか……かえでは思い返した。
色々重要なこといってくれてたんだ。
武田、上杉、毛利か……何か聞こうと思ったのだが、不意に呼ばれて聞くことができなかった。

「かえでさーん!!今日はここにいらしてたんですか?」

蘭丸だった。
かえでは駆け寄ってくる蘭丸に立ち上がって向かえた。

「蘭丸くん、ありがとう。これ、作ってくれたの蘭丸くんなんだって?」

「……はい……お話を聞いて、ひょっとしたら着物作り方知らないんじゃないかなって思って……でも良かった、よく似合ってますよ」

「お兄さんにも、よろしくって伝えておいてね」

「……はい!」

「へぇ……蘭丸の手製か……」

利家がまじまじとかえでの着物を見る。
そしてフッと笑って蘭丸の顔を見た。

「なかなか器用なんだな。蘭丸」

「……ええ。大事なかえでさんのためですから。前田殿」

「大事、ね……」

「はい。何か?」

蘭丸はニコニコして答えている。
利家も、ぱっと見普通に答えている。
だけど、何か違う。

「じゃあ、わたしは上様のお使いの途中ですので」

「おう、じゃな」

蘭丸はまたかけていく。
かえでは笑顔で見送った。
するとぼそり、と利家がつぶやく。

「蘭丸の手製だとか、もっと早く言えよ」

「え?どうして?」

「……別にいいだろ」

そういいながら利家は席を立ち、行くぞ、と促す。
かえでは追いかけるようにその茶屋を後にした。

何か機嫌が悪い。
かえでは黙り込んでしまった。
何がまずかったのだろう。
そんなかえでに気づいたか、利家は背を向けたままでかえでに声をかけた。

「お前なんか不便してねぇか」

「え?」

むすっとした表情がかえでのほうを向く。

「オレだってへそくりのひとつや二つあるんだ。なんか足りなかったらオレに言え」

かえでははっとした。
ひょっとすると、蘭丸に着物を作ってもらったという事に腹を立てていたのだろうか。

「ごめん、今度から自分で作るから……」

「そーゆーこといってんじゃねぇよ」

依然として利家の表情は変わらない。
かえでが利家の台詞を一生懸命考えていると、痺れを切らしたか、利家が怒りをあらわにかえでに怒鳴り始めた。

「オレはお前の事、オレの家臣と同じくらい大事に思ってるって言ってんだよ。
 前田家の家臣が森蘭丸に世話になってたら、かっこがつかねぇじゃん」

「な……私がいつ前田家の家臣になったのよ!」

「おや?かえでさんと痴話げんかですか?又左」

利家が言い返そうとした瞬間、横槍が入る。
成政だった。
きっちりと紺の素襖をはいていて、後ろには何人かともがついていた。
仕事中なのだろうか。
しかし成政はその供にひとつありがとうと頭を下げて、彼らを帰してしまった。

「今仕事上がりだったのですよ。又左、今日は大事な用事があると聞いていたのですが……ふふ、なかなか隅に置けませんね」

「ば、ばかそんなんじゃ――」

「かえでさん、あなたのような花も恥らう美しい方が又左といい合いなど、似合わないにもほどがありますよ」

「…………」

利家が黙り込んでしまった。
成政はある意味最強かもしれない。
成政は面白そうに利家に声をかける。

「どうしました?」

「お前、よくもそうぬけぬけと恥ずかしい事言えるなぁ」

「さて、そんな事いいましたか?」

やはり最強。
少なくとも利家よりは強いだろう。

かえではそれはそうと、と考え直した。
成政といえば、例の話。
かえでを、もとの平成へ戻すという話。
それについて聞き出そうとしたが、その前に成政が口を開いた。

「せっかくのところ悪いのですがかえでさん、又左をお借りしたいのですが」

「へ?オレか?」

「ええ、あなたですよ、又左」

にこりと成政が笑う。
かえではうなづかざるを得ない。
結局二人は連れ立っていってしまった。
成政は何を考えているのだろう。
かえではききぞびれたことでまた、悶々と気をめぐらせていた。