正直、寝間で出歩くなんてあんまりいい気がしない。
誰かに見られていたら、と思うと恥ずかしい。
しんと静まり返った城内を信長は歩き、天守へたどり着いた。
信長は時折かえでがちゃんとついてきているか振り返りながら、どんどん先に行く。
夜で暗い天守閣の中は黒漆がぬってあるせいか、余計に黒く闇に沈んで見えた。

「こっちだ」

さすがはその主というか、信長は迷わずに上っていく。
かえでは少ない明かりを頼りに、手探りで進むしかない。

ずいぶん歩いたが、階段を上ると、今度は朱塗りの部屋に出た。
なにやらありがたそうな絵が描いてある。
部屋の形も不思議で、八角形の形をしている。
その異様さに目を奪われていると、信長はさっさともうひとつの階段に足をかけていた。

「早う。間に合わなくなるぞ」

「え?」

かえではせかされて、あわててその階段へいき、一気に駆け上った。
今度は小さい四角い部屋に出た。
すると信長はそのうちのひとつ、外へ開け放たれた戸の方へ行っていた。

「来い」

言われたとおりに言ってみる。

「わぁ……すごい……」

眼下に琵琶湖が広がっている。
その琵琶湖に、きれいに夜空が写りこんでいた。
澄んだ空と澄んだ湖だからこそできる事……その空の星の数も、それを映す琵琶湖も、かえでは初めてみた。

「見よ、天の川が安土に向かっておる」

信長が言うのを見る。
緩やかなカーブを描いて、この天守へと伸びている。
それも琵琶湖に写って湖の上に光の道が出来上がっていた。

「少しでも時がたてばこの道はずれてしまうのでな。無理にでもお前を連れてきたわけだ」

「すごい……すごいきれい……」

「それはよかった」

信長が笑う。
少し肌寒いが、かえでは信長の見せたものに大満足していた。

「そういえば、星座とかあるんですか?」

「星座……興味あるのか?」

「私が住んでたところでは、あったんですよ。それで占いとかやったんです」

「占い、な……わしは信じぬ。あたりもしない事で騒いでも仕方のないことよ」

ああ、とかえでは思った。
そういえば、信長とはそういう人物だった……。
そう思っていると、徐に信長は右手を上げた。

「あの……三つ並んだ星が見えるか。あれがからすきというらしい」

「え?」

「白虎とか言う……あらわしてるとか、よう坊主が言いおるわ。耳たこで覚えてしもうた」

思わず笑ってしまった。
興味ないとは言っても、頭ごなしに言っているわけではないらしい。
ちゃんとしって、実際に経験して、そして使えなかったら否定するんだ。
結構信長は博識なんじゃないか、と思ったのだ。

「私のときは、オリオン座って言ってました」

「おりおん?」

「はい、棍棒と毛皮を持った男の人です。なんか、強いって話を聞いた事があります」

「まるで野蛮人だな。しかし強い、か」

信長が笑う。
かえでも笑った。
どんな神話か話をしていないけど、でも確かにオリオンはそんなイメージをもたれても仕方ないかもしれない。
こうして夜琵琶湖と空を見ながら笑っているのが、どこか幸せに感じられた。

「安土にはなれたか」

不意に聞かれる。
かえでは迷わずはい、と答えた。

「であるか……お前は男のようなおなごだな」

「ええっ!?」

「っはは……なに、悪気はない」

悪気はなくても、いくら事実であっても(認めたくないけど)言われたくない事はある。
少しかえでがふくれていると信長は更に笑って言う。

「お前は、そこらのおなごとは違う。男のように強く、おなごのようにはかない」

「はかない、ですか?」

かえでの問いに、信長は口を閉じた。
そうして沈黙してまた口を開いた。

「あの、おりおんとやらのようだな」

信長のつぶやきに、かえでは目を見張った。

「強い。しかし実質は夜明けに沈む星のようにはかない」

ようやくかえでのほうを向き、信長は笑みを浮かべながら問う。

「星は未来を知っていると坊主どもは言う。お前も知っている。だが、わしは不安なのだ」

「不安……何かあったんですか?」

このかえでの問いにも、信長は答えなかった。