「ど、どうしたんですか」

急に気を張り詰めさせた光秀にやな感じを受ける。
何を光秀はするつもりなのか。
まさか、謀反の??
かえでの頭がぐるぐると回り始める。

「たいしたことではございませぬ。よろしいですな」

「はい……」

でも謀反の片棒を担ぐのは嫌だ……謀反をおこしそうには無いように感じるが、やはり張り詰めた光秀の表情はそれを連想させる。
思わずはいと返事をしてしまったものの、実際彼が何をするのかわからない。

「では、出かけましょう」

ここではまずいのだろうか。
かえでは光秀に連れられるままに歩き始めた。
数歩も行かない内に光秀がまた問う。

「何か……不服な事などありますか?ここから先、私の言うとおりにしていていただきたいのですが」

「いえ、」

その、といいかけたが光秀には聞こえなかったらしく、そのまままた歩き始めた。
遅れないように光秀についていく。
少しでも遅れようものなら何かされそうで、かえでは正直おびえていた。
今ならたとえ利家にからかわれてもおびえていると肯定するだろう。

「本日は袴をお召しになられているのですね」

「え?ええ……あの、」

「何か?」

「都合、悪いですか?」

おずおずと尋ねてみると、光秀のほうも驚いた顔でこちらを見つめ返した。

「とんでもございません」

一体何をするというのだろうか。
妙にかえでに気を使っている。
いつも無口な光秀のほうから、話題を振ってくる。
大体二言三言でその話題は終わってしまうのだが、それがまた妙な気がする。

なんだかんだやっているうちに、城下のあるお店へついた。
そば処だ。それも、かえでがおいしいとめぼしをつけておいたお店。
この店で、密談をするのだろうか。

しかし光秀はほかの客もいる、個室ではないところに腰をかけた。
これは……逆に隠れないで話をしたほうがいいということなのかな、とかえでが考えていると、注文をとりにきた店員に光秀はそばを二人前頼む。
もう不思議で仕方がない。
誰かと待ち合わすならもう一人前頼んでもいいはず。
まさか光秀がかえでの分を頼まないような事はしそうにない。

「光秀さん?」

「はい」

思い切ってたずねてみる。

「ここには、何しにきたんですか?」

すると光秀はあっけなく答えた。

「そばをいただきに参りました」

「え?ほんとにそれだけですか?」

「は?ほかに何があるというのですか?」

ではあの張りつめた空気は何だったのだろう。
それを聞くまでもなく、かえではすぐにわかった。

「きゃーっっ!!あそこにいらしてるわ、明智様よ!!」

「ねぇー?だから言ったでしょ、ここは明智様がいらっしゃるお店だって!!」

声は小声だが、やはり耳につく。
光秀は我関せずの振りをしている。
明らかに振りだ。
漫画で言うなら汗がたらーんとたれているような、そんな難しい表情をしている。

「……お分かりのようですね」

光秀が言う。
確かにわかった。
光秀はこの、ようするに追っかけ的なのりの女性が苦手だという事らしい。

「でも、なんで私が必要なんですか?」

誘ったのは光秀だ。
すると光秀は無言で黙り込んでしまった。
何かまずいこといったかな?
かえでが疑問に思っていると、例の女性たちが近寄ってきた。

「あ、あの、明智様、ですか??」

「はい……」

明らかに嫌そうに返答する光秀。
だが、女性のほうは知った風でもない。

「きゃーっ!お話しちゃったぁ♪」

「あの、私たちもご一緒させていただけませんか?」

席は二つしかない。
かえでと光秀が座っているのでもう空いていない。

「空きの席がございませんので」

「席なら借りてきますからぁ!」

強引だなぁ、とかえでは思った。
いい加減光秀が嫌がっているのに気づいていいと思うのに。

「あなた方も悪い方ですね。もう少し場の空気を読んでいただきたいのですが」

ふと静まる女性二人。
その席に座っている光秀を見て、そしてその反対側、かえでに目を向けた。

「えー……」

かえでに向けられた視線が、ふと冷たいものになる。

「……」

光秀は無言で彼女たちに返事をした。
すると女性たちは苦笑を残して、店を出て行った。