「っ!このアマ!」

「ばかっ!」

脳震盪でも起こしてくれればよかったのに。
でも鍛えていない女のかえでがやったところで、本業の忍には不意打ちにしかならない。
あわてて槍を目の前に持ち、鎖鎌を受けようとした。

斬れた。

すぱんと、槍が斬れた。
いともたやすく槍が真っ二つに切れた。

「こんにゃろ!」

利家がうなる。
踏ん張って体をねじった。

「!?」

忍が引きつられて吹っ飛ぶ。
拍子に横に倒れた利家は、そのままごろごろと床を転がり自力で鎖を解く。
そうして再び槍を構えて、至近距離から突いた。

一人倒れる。
そうして動向に目を見張っているほかの忍を交わし、かえでの前に躍り出た。

「お前はさっさと帰れといいたかったが、帰してもらえそうにないな」

「な、何で……?」

「お前が手を出したからだよ。手を出すってことは、敵対するってことだろ?」

もう一度利家が槍を高く持ち直す。

「まぁ、槍の又左の腕前、ちゃんと見ておけよ!」

そういって大きく薙いだ。
ひょいと忍びが交わす。
しかし利家はそのよけを完全に読みきっていた。

「そこだぁ!!」

槍の柄で相手の首筋を打つ。
忍が一人ぐうといって倒れた。

仲間が二人やられたのを見てあきらめたのか、急に残った忍たちが後ずさりを始めた。
それでも槍の構えはとかない。
睨み付けるような目に、忍が撤退を決意する。

「逃げるのか!?」

「左様。長居は無用」

倒れた二人を担ぎ、忍は外の茂みへ身を投じた。

「せっかくいろいろ聞き出そうと思ってたのによ……仲間をちゃんと連れ帰るたぁ、用心深いやつだ」

そういってようやく槍の構えをとく。
もう彼らは遠くに行ってしまったようだ。

利家が振り返る。
そしてかえでの顔を覗き込むようにかがみこんだ。

「よう、怪我はねぇか?」

その一言でやっとかえでは正気を取り戻したような気がした。
よく見たら自分は腰を抜かしていた。
へなへなになった足が床にへばりつくようになっていて、ぺたりと座り込んでいたのだ。

「うん……」

返事をして気づいた。
利家の頬に、一筋の真っ赤な傷がついている。

「怪我してるっ!」

「え?どこ?」

「ここ……」

「ああ、たいしたことないって」

オレのことかよ、と苦笑をもらす。
だが笑ってるそばから、じわじわと血が滲んできている。
顔面に傷なんて作ったことない。
作ったのを見たのも、青春ドラマ系で男の子が野球してるときにとかで、実際刃物と刃物で渡り合った傷は初めてだ。

「私ばんそうこう持ってる」

「ば、ばんそー……なんだそれ?」

かえでは袖の中にしまっておいた巾着から、ばんそうこうを取り出した。
慣れないわらじだから、靴擦れができるんじゃないかと思って持っていたのだ。
後はティッシュにハンカチ。
一応何かに使えるかと思って持ってきたのだが、役に立った。

ばんそうこうの外装を取っていると、それを不思議そうに利家が見つめて言う。

「小さいなぁ。そんなんで治るのか?」

「うん……たぶんね」

そういって利家の頬にばんそうこうを張る。
なにやらぴったりしているような、何か張り付いている感覚に利家はテープの部分につめを立てた。

「な、これ取れないぞ??大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。もし取れなかったらとってあげるから」

「そっか……なんだかよくわかんねぇけどありがとな」

「私も……ありがとう」

かえでがいうと、すごく驚いた顔で利家がこちらを見ている。
理由を尋ねると気まずそうに彼は答えた。

「ああ……なんか機嫌悪そうだったから……」

思い出した。
ありがとうなんていってる場合じゃなかった。
でも、少し自分もいけなかった気がする。
彼は彼なりにこの時代の気風でかえでに接していただけなのだ。
それに腹を立てた自分。
利家が戸惑っていたのも、わからなくもない。

「うん、悪かったけど……でもわかるから」

「わかる?」

「うん、わかってきたから、いいの」

「……いいのか?」

利家が腑に落ちなさそうな顔をしている。
でもかえではそれ以上は言おうとはしなかった。
それより、ひとつ利家に頼み込んだ。

「あのね、私本当に武術を身に着けたい」

利家はきょとんとしている。
でもかえでにははっきりしていた。
私は、ただここに来ただけじゃダメだ。
今を生きてる。
だから、自分で身を守らなきゃならない。
ほかの人に頼ったら、ほかの人が危険になるかもしれない。
だから、かえでははっきりと口にしたのだ。