一階建ての長い建物から音が漏れている。
どうもこの建物が道場らしい。
開け放たれた戸から、中が見えた。

寒い冬だというのに中は切磋琢磨する侍たちの熱気で暑いくらいだ。
長い棒の先に布をくくりつけている。
槍術の訓練中らしい。

その中でも、目立つ人間がいた。
身なりは何一つ周りと変わらないのだが、存在感がある。
腕も立つようで、何か必死に指導していた。
誰だろう。
そう思った瞬間、顔が見えた。

利家だ。
ふと思い出す、いやな事。

「あ、いたいた」

蘭丸が道場の中へ入っていく。
先は、あの利家のところだ。

「ふふ……精がでますね、前田先輩」

「うわっっ!!……驚かすなよったく……それにその呼び方やめてくれよ。お前どうせ今日休みだったんだろ?」

「いいじゃないですか。前田殿はわたしの仕事の先輩です。目標ですよ」

「だから今日は仕事休みだったんだろ?」

蘭丸がおちょくっているのを見ていると、どうしても利家が後輩にしか思えない。
じっと様子を見ていると、蘭丸が思いもよらないことを口走った。

「かえでさんが興味あるみたいで……やってみたいそうですけど」

そんなこといってない!蘭丸がこっちを見て笑っている。
そんなこといってない。
どうしてそんなこと……利家がこちらを見る。
目が合った。

「かえでさ〜ん、こっちにきてくださいよ」

「え?でも私……」

「来いよ」

短く何かに怒っているかのように利家が言う。
不機嫌そうな彼の台詞どおりにするのも腹立たしいが、とりあえず呼ばれているのでいってみる。

「よかったですね。前田殿直々に指導してくれるようですよ」

「え……??」

「今日は終了だ!来週は馬場平で集団練習だ。寝坊すんなよ」

利家が今まで稽古をしていた人たちに言う。
皆片づけを始めた。
なにやら決まりがあるらしく、あっという間に道場の熱気は冷め、片づけが終えられた。

「じゃあ、わたしもおいとましますね」

「おい、こいつは?」

蘭丸が帰っていく人たちに混ざって言う。
利家があわてて引きとめた。

「わたしの館は天主の向こうですから。早く帰らないと……ね?」

「『ね?』じゃないだろ!!」

「あはは……いやぁ、先輩は怖いです」

利家の突っ込みもむなしく、最後の最後まで"先輩"をおちょくって蘭丸は道場を出て行った。

二人きり。
誰もいなくなった道場でかえでは利家と二人きりになった。

「……やったこと、ないんだよな」

「え?うん……」

わざわざ残ってくれた感がある。
あれは蘭丸が勝手に言い出したこと、とはいえない。
いったい蘭丸は何がしたかったんだろう。

「オレは反対だな。蘭丸のやつ、勝手に話をつけやがって……」

利家自体も別に了承していたわけではないらしい。
でも、いまさら言い訳はできない。

「最後に床拭いてくから、手伝ってくれるか?」

「うん」

「じゃオレ、水汲んでくるから」

利家が道場の奥へ消えた。
ぽつねん。
一人ぼっち。
夕焼けが見える。
太陽だけは変わらないんだ。
あの元いた時の太陽と。

ずいぶん利家が遅い。
そんなに井戸まで遠いのだろうか。
外を眺めていたが、少し気になって利家を呼びにいこうと、利家の行ったほうへ体を向けた。

「……!!」

急に背中に感じる人の気配に、誰かに封じられた自分の口。
喉元に短剣が突きつけられているのがわかる。