「……?」

「気づいたか?」

はっきりしてきた目に映ったのは利家の顔だった。
びっくりしたまま声も出さずにいると利家までもが驚いた顔で聞き返す。

「ま、まだどこか調子悪いか?」

「う、ううん、別に大丈夫」

はぁぁ、と利家の顔がゆがむ。
胸のつかえが取れたという表情でかえでを見つめている。
気がつけばかえでは布団に横になっていた。
あれからというもの記憶がない。
部屋の雰囲気からしてどうも信長の居間、ではない。

「ここは?信長様は?」

「あー……オレの館だよ。御屋形様には後で礼を言っておいたほうがいい。お前のこと痛く心配しておいでだから」

秀吉の館へ帰ってもよかったのだが、主が出かけてしまっていたし、看護するには利家の館のほうが勝手がわかってよかったから、らしい。

「あ、あの……よ……」

気まずい、といわんばかりの利家の顔にかえでは思い出した。
そうだ、さっき利家と言い合いをしたまんまだった。

「オレ……悪気はないんだ。だから……あの、腹立つと思うけど……オレ、何か気に障ること言ったか?」

「……」

もう半分意地だ。
答えてやるもんかと思った。
初対面であれだけとげとげと言われた。
槍も向けられた。
それが怖いといったのに普通に流された。

「……そっか。オレ、お前のこと傷つけちゃったんだな……」

もうそれきり、利家は口を開かなかった。



「ふぅ……」

「どうしました?又左」

ため息などついてらしくありませんね、と成政が言う。
たまたま軍事的な準備で一緒になった成政が利家の様子に気づいたのだ。

「オレって、口きついのかなぁ」

「さて……何か気になることでも?」

「ああ、まぁちょっとな」

「話なら聞きますよ?」

成政が書を置いて言う。
いつも仕事にはまじめに取り組む成政だけに利家は少々驚いた。

「あ……でも仕事……」

「別に今は柴田殿はいらっしゃいませんし。話しだぶんみっちりやれば大丈夫ですよ」

「オレはそのみっちりってゆーのいやだけどな」

「それは困りました……では、仕事終わってから――」

ああ、やっぱり成政だと思う。
任された仕事はしっかりやらなければ気がすまない。
彼は手を抜くのがうまい、よく言えば世渡り上手なわけではない。
まじめに輪をかけたくらいだ。
忠誠心だとかが強いといえばかっこいいのだが、たまにそれが成政の欠点になることもある。

「……さて、それで又左、どうなさいました?」

本当に仕事を終わらせてから成政が問う。
有言実行の男、それが成政だ。

「今日かえでは?」

「ああ、かえでさんなら森殿と城下へ出かけてますよ」

「そっか……」

「もしやかえでさん関連ですか?」

察しがいい。
いや、むしろ当たり前か。
成政の問いに、今までのかえでとのやり取りを答えた。
利家が話している間、ずっと成政は頷きながら聞いていた。

「……正直、かえでさんと私たちの生活や文化の差で揉め事が起こったと思ってましたが……」

成政がしばらくの沈黙の後口を開いた。

「それは又左、あなたがいけない」

ぐさり、と利家に成政の言葉が刺さる。
そうはっきり言わなくても。

「女性にはやさしく接さなければ」

城下でもかなり女性に人気がある成政が言うとなぜか妙に説得力がある。
もちろん、オプションとして背景には花が舞っている。

「なんかお前が言うとオレが口説きの指南受けてるみたいだな」

「おや、お望みならばしますよ」

「望んでない望んでない」

成政が笑う。
利家が半分やけになって戸をあけた。

「あ〜とにかくオレがいけないのはわかったから、もういい」

そのまま部屋を出て行ってしまった。
又左、と成政が呼びかけたのだが聞いていない。

ふう、と成政がため息をつく。

「短気ですね、又左は……。でも――」

――女性に武器をみせるなんて……――

成政はゆっくりと腰を上げ空を見上げた。