ほんと、自分何がしたいんだろう。
わからなくなってきた。
折角協力してくれるといった利家を振り切ってきてしまった。
一人で天守まで入れてくれるか、ということも気になる。
……無理だろうなぁ。
どこからどう見てもよそ者だ。
そんな人間を城の一番奥まで入れてくれるわけがない。
でも今更引き返して利家を探すのも気まずい。

そうすると残るは一つ。
誰か人を呼び止めるしかない。
しかし成政も秀吉も仕事でいない。
利家は今の事がある。
蘭丸は……まずないとかえではおもった。
何しろ小姓だ。
一番蘭丸が仕事多そうだ。
なんとなく、だが。
やっぱり無理、利家のところまで戻るしか

――そう思った矢先だ。
かえでの顔がばふっと何かに当たった。

「ひゃあっ!」

途端にそんな変な声を上げてしまった。
暖かいふかふかしたものは意外に大きい。
しかしかえでをはじき返すことなく、衝撃を吸収するかのように少し後ろにそれたあと、かえでを押し戻した。

「……???」

「あ……」

かえではギョッとした。
ギョッとするほど、びっくりした。
切れ長の目に長い漆黒の髪はさらさらと流れている。
紫苑色の着物を身にまとい、今かえでをまるで遺物を見るかのような目で黙ったまま見ている。
何がギョッとするかといえば、その顔が鋭いのにも関わらず、見とれてしまうほどに整っていてきれいなところだ。

「……」

男は依然黙っている。
かえでも何かいわなければとおもうのだが、口が動かない。
口の中にわたが詰まったように声がでてこない。

「……」

ふう、と男が溜息をつく。
何か言ってくるのだろうか……

「――」

くるりと何も言わず顔を背けると、その場から去り始めた。

何も言わないの??
何も??
この人、機械か何か??
ああ、きれいだからアンドロイドとか……
……じゃなくて!!
かえでは必死で口の中のわたを取り除いて、声をかけた。

「あのっっ……」

「……?」

男が振り返る。
でも無言だ。
鋭い目線にびくりと体が震える。

「あの……あの……」

言葉が続かない。
男がもう一度近づいてきた。
無言だ。
視線も怖い。
怒っているのか、まったくわからない。

「……なにか?」

びくぅぅぅぅっとかえでの心臓が飛び出す。
声までいい。
声まできれいだ。
深みがあってイヤミがなくて……色気がある、ってヤツだろうか。

「ご、ごめんなさいっっ!」

「ああ……」

ああ、って……でも声がいい……

「……もうよろしいですか?」

パニックになっている頭にぴんと糸が張った。
再び去ろうとする彼を引き止める。

「あの、お願いがあるんですけど……」

「……その前に貴女は何者ですか?」

かなり失礼な物言いなのに、かちんと来ないのは何故だろう。
でも今はそんなことより、天守まで行かなければならない。
天守の中まで入らなければならない。
この人の声がきれいだとか、浮かれてる場合じゃない。

「私は宇秋かえでです。天守で信長……様に会わなきゃならなくて――」

「ああ、貴女が……」

へ?私って、そんなに有名人なの?と拍子抜けしていると男はこう続けた。

「昨日突然黒金門辺りに現れたそうではありませんか。本日信長公に謁見すると話は聞いておりました」

そう言って、男は初めて笑った。

「申し遅れました。私は明智日向守光秀と申します。ご要望は貴女を天守の中へ引き入れればよいのですね」

驚いた。何も言わなくてもこの男――光秀はわかっていた。

明智光秀……といえば、小学校の教科書にも載ってた。
本能寺の変で織田信長に謀反を起こし、死に追いやった人間。
後に秀吉に負けて死んでしまうが……それを思い出すのに数秒もいらなかった。

少しわかるような気がする。
この気迫と眼光、確かにそんな男だといわれればそう思えなくもない。
でも反則だ。
こんな美丈夫な武将だなんて、これは反則だろう。

光秀は口数が少ない。
喋る時は喋るのだが、こちらが話題をふらないと喋らない。
きっと変のときも誰にも話さなかったんだろう。
だから後世いろいろ動悸がささやかれている。

天守の入り口には案の定守番がいる。
しかし彼らは光秀を見ると何の疑いもなくその戸を開いた。